みぞおちあたりにある炎

家族とのやりとりのあと
わたしの心の動きを丁寧に見つめてる

反論とか持論とかぶつけたかったけどわたしは一言
「ありがとう♡」とだけおくり終話した

何を書いてもわたしの伝えたいモノからズレちゃう怖さに言葉が出なくなってしまったんだ

だから、実際に会うことができたなら

初めて会う人のようにまっさらな気持ちで会おう、、とか
家族の歴史がイロメガネかけたみたいになってるから、そのフィルターを外そう
心の中でははじめまして、お邪魔しますって挨拶しよう、、とか浮かんでくる

鬼滅の刃の映画で表現されてた炭治郎の無意識領域があまりに美しくて、ウユニコ?世界遺産?世界の絶景?レベルで。
わたしのはどんなだろう?
ダンナさんのは?
わたしの家族は??って想像してたら
それぞれの無意識領域をイメージしたら、あのときの一つ一つのメッセージがまた違った風に感じられてただ愛なんだろーなとうっすら感じられてちょっぴり安心した。

ダンナさんが、わたしにそーやって話してくれることもとても大きかった
「お父さんもお母さんもきみのことが大好きだよね。愛以外のなにものでもないよ、、、」
こんな風に家族のことを客観的に見てくれて話してくれる人は初めてだから、とても嬉しい。父と母がわたしが生まれてとても嬉しくて抱きしめてくれた瞬間のことを思い出したくらい!(?♡)

そんなふーにしてたら
最近、喫茶店でモーニングした友人とのお話しがふいに脳裏に蘇る

職場では、わたしは制服を着て美しく外見を整えて美しい姿勢で立っている
そこへお客様が問い合わせを胸にやってくる。その方が欲しいものを多すぎず少なすぎずちょうど良い、できればぴったりなものをお渡しする
そのときのわたしは、所属している会社の顔となっている。
今までは、それは決まりきった一つの顔だった。会社のロゴマークのような、建物のような、会社より求められている理想像を頭に描きそれを表現する。
それが最近は変わってきた
こうあるべきな姿ではなく
お客様が求めるモノを映し出す
鏡のようなイメージに

ある人の前では娘のように
ある人の前では孫のように
ある人の前では高級ホテルのコンシェルジュのように

変幻自在の鏡のように

今までは、「わたし」が全面に出て
「わたし」の歴史全部を活かして目の前の方の役に立つんだー!と燃えていた笑笑(恥ずかしい)
「わたし」がここにいる意味
「わたし」がここでできること
「わたし」だからできること
わたし、わたし、わたし!!!!
暑苦しくて押し付けがましくて
不足感でいっぱいで焦燥感でいっぱいで褒められたくて認めてもらいたくてめいっぱい考えつくこと全てやりきる
やりきれなかったら悔しくて明日こそは明日こそは!!夢中で向き合って戦ってきた。常になにかと戦って。守って。傷ついて。全力投球だった。
仲間にも全てに厳しく辛くあたってきた。
全てのお客様に極上の応対を完璧にしたいと願って、、、、
やりすぎて逆に怒られたりして、
こんなに頑張ってるのに!!!と逆ギレしたりしてた(ほんと、どーしよーもない、、、とほほ)

今は、外側のできる限りを全てを整えたら、中側は、ろうそくの炎🔥をひとつ燃やすイメージ
「すれ違う人コトモノ全ての間に喜びであること」
その炎のみ燃やす

あとは、相対するときに身を任せる

そーすると、お客様が欲しいものを話してくれる。わたしはただ聞いている
丁寧に耳を澄ますとお客様がほんとうに欲しいものが聞こえてくる、見えてくる感じる、、、

必要ない場合は、断られる

ニッコリしてごゆっくりと空気をおくる
ニッコリありがとうと空気が流れてくる
あったかい空気の循環を感じる

今までは、いっぱいいっぱい話しすぎていたんだなぁと気がつく
接客応対には、会話コミュニケーションは必須だから、あらゆる優しい言葉を覚えてそれらを駆使してがんばってきた。でも、ほんとうに必要なのは相槌だったんだ。それも、ほとんどの場合は無音がいいみたい。

自分のエネルギーをめいっぱい使ってお客様へお渡ししてきたけれど、
今はお客様が発するエネルギーをそのまんまお返しするイメージ。
お客様の炎とわたしの炎が触れ合えたらラッキー♡という気持ち
お客様が見たいようにわたしを見る
それでいい
それがいい
お客様がわたしという現象をつかって欲しいものを見つける
わたしはその一瞬に喜びであること
それのみ

わたしが現場でしていることをこんな風に言葉にするのはちょっぴりズレていくけれど
ぴったりではないけど今の私の状態を言葉にして読み返すとまた新たな発見があるからやめられない♡

スターシードkuさんの記事とラジオを聴いているとヒントになるピカリとひかる言葉や映像が私の中に浮かぶ。安心感が広がる。喜びを感じる。

本や、漫画や、アニメ、ブログやYouTubeとかそのほかもろもろ
それを形にしてくれた方々に
実際に実体に会えてなくても
その作品に出会えたこと
言葉、文、絵、写真、音、声
わたしのみぞおちあたりにある炎が
喜びであったかくなる存在に作品に
今、一瞬でもすれ違えたことをとってもとっても嬉しく思う。

その一瞬を味わうためにきたんだなぁ




☆なないろ星☆くま夫婦の秘密基地☆

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